お金は本来、人生を豊かに楽しむための「道具」に過ぎません。しかし、老後をはじめとする将来の生活資金への不安から、思うようにお金を使えずにいる人は少なくありません。そこで今回は、世界的ベストセラー『Die with Zero』の考え方をヒントに、お金を使って目の前の生活を楽しむことと老後のために備えることを上手に両立するコツを紹介します。

お金を楽しく使えていますか?

これまでファイナンシャルプランナーとして数多くのお金の相談を受けてきましたが、年代や性別、ライフステージを問わず、多くの人共通したお金の悩みが、老後の生活資金への不安です。生命保険文化センターの調査でも、8割以上の人が老後生活になんらか不安を感じていると回答しています。

また、「仕事をリタイアしたら、ゆっくり海外旅行に行きたい」「住宅ローンを完済したら、もっと好きなことにお金を使いたい」という話もよく聞きます。しかし、実際にリタイアを迎えたあとに、これまで貯めてきたお金を使えるかというと、必ずしもそうではありません。なぜなら、この先何年生きるか、病気や介護でどのくらいお金が必要になるかは誰にもわからないからです。

私自身、ファイナンシャルプランナーとして多くの相談を受けてきましたが、「退職したら旅行へ行きたい」「時間ができたら好きなことをしたい」と話していても、いざ退職すると「この先何年生きるかわからないから」「介護費用が心配だから」と、お金を使うことへの抵抗感や不安が残り、結局やりたいことにお金を使えないままになってしまうというケースを何度も見てきました。 

内閣府「 高齢者の経済生活に関する調査結果」(令和6年度)を見ても、リタイア後は男女ともに、年齢とともに趣味やレジャー(旅行等)にお金を使いたいと考える人の割合が低くなる傾向にあります。年齢とともに体力や健康状態だけでなく、「やってみたい」という気持ちそのものも変化していくことがうかがえます。 

でも、お金は本来、貯めるための「目的」ではなく、人生を豊かにするための「道具」であるはずです。将来の生活のためにお金を貯めて安心を得ることも重要である一方で、お金という「道具」を活用して日々の暮らしの質や人生の満足度を高めてこそ、生きたお金の使い方だと言えるのではないでしょうか。

『Die with Zero』という考え方

そんな問いについて考え、どうすれば人生においてお金をより効果的に使うことができるのか、大きな示唆を与えてくれる本があります。それが、2019年にアメリカで出版され、日本でも2020年に出版された翻訳書がベストセラーとなった、ビル・パーキンス氏の著書『Die with Zero』です。 

『Die with Zero』、直訳すると「ゼロで死ぬ」――タイトルだけを見ると、「お金を使い切って死のう」という極端な考え方のように感じるかもしれません。

しかし、この本が勧めているのは、単純に浪費や、お金をすべて使い切って人生の終焉を迎えることではありません。経験することそのものが人生にもたらす価値の大きさとともに、できるだけ人生の早い段階で、お金をそうした「経験」へと変えていこう、という考え方です。

「経験」への投資は、早いほど価値が大きい

「時間価値」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「時間価値」とは、時間を味方につけることで、お金の価値をより大きくできるという考え方です。資産運用では、同じお金でも早く運用を始めるほど複利の効果を長く受けられます。 

『Die with Zero』では、これと同様に「経験」にも大きな時間価値があると考えます。つまり、同じ経験であっても、それを「いつ経験するか」によって人生にもたらす価値が大きく変わるということです。 

例えば、同じ海外旅行であっても、それを30代で経験することと、60代になってから経験することとの価値は同じではありません。若いうちに得た経験ほど、長い年月、思い出として思い返したり、家族や知人との話題にしたりできます。著者はこれを「メモリー・ディビデンド(Memory Dividend)」と呼んでいます。配当金がお金を生み続けるように、経験はその後も何度も思い返され、人生に喜びをもたらしてくれるという考え方です。

また、そこで経験した価値観や文化の違い、生活や経済環境の違いによって視点が広がり、それがときには新しい挑戦につながり、人生そのものを変えるきっかけになるかもしれません。

健康・時間・お金は、いつも同時には揃わない

『Die with Zero』では、「人生を楽しむためには、お金だけでなく、健康と時間の3つがそろうことが大切だ」と説いています。

若い頃は、健康はあっても、お金に余裕がない。働き盛りになると、お金には余裕が出てきても、今度は時間が捻出できない。そして老後になると、時間とお金はあっても、健康や体力が思うようについてこない。「いつか時間とお金に余裕ができたら」と先送りしているうちに、その経験に最も適したタイミングを逃してしまうことはめずらしくないのです。

もちろん、60代になってからの経験に意味がないというわけではありませんし、仕事をリタイアしたり、子どもが独立した後であったりしないと現実的に時間やお金を捻出するのが難しいという場合もあるでしょう。でも、著者がこの本で伝えたいのはあくまでも「経験」に対する「考え方」。◯◯代だからよい、◯◯代だから遅い、という話ではなく、少しでも健康で自由に行動できるうちに、自分にとって価値のある経験へお金を使うことの大切さを伝えているのです。

加えて、どんなことでもいいからとにかく経験にお金を使えばよいというわけではありません。大切なのは、「今しか得られない経験」と「将来でもできること」を意識して、お金の使い方に優先順位をつけること。限られたお金だからこそ、「今しか得られない経験」を優先することが、人生全体の満足度を高めることにつながります。

老後資金の準備は「見える化」「仕組み化」が重要

とはいえ、多くの人にとって老後の生活資金をどうするかは大きな懸念事項であるのも事実です。そのため、「お金を貯めるばかりでなく、積極的に使うことが大事」「できるだけ若いうちに経験にお金を使うことが大事」と理屈では理解できたとしても、やはり老後資金が足りなくなることが不安……という人は少なくないはずです。

そうした場合にまずやっていただきたいのが、老後に必要な資金の「見える化」と「仕組み化」です。

漠然と老後のために少しでも多くお金を貯めようと考えるのではなく、「65歳までに2,000万円を貯めよう」「65歳まではあと30年。すでに300万円は老後資金のために貯めてある」「では2,700万円を残り30年で貯めるには、毎月いくら積立すればいいのだろう」と数字で逆算して考え、必要な金額が毎月、自動的に積立されていく仕組みを作ってしまうのです。

老後の生活資金を「漠然とした不安」から「具体的な数字」に落とし込み、その準備を「意思」ではなく「仕組み」にすることができれば、あとはそれを続けている限り、老後の生活資金への不安は頭から取り払ってしまってよいのです。

資産運用を味方につければ、積立額は少なくて済む

とはいえ、毎月の住宅ローンや家賃、子どもの教育費など目の前の生活にお金がかかり、計算して出てきた老後資金として必要な積立額を捻出するのが厳しいという場合も少なくないはずです。特に近年は物価上昇が続き、私たちの家計をダイレクトに圧迫してきています。

だからこそより重要になってきているのが、資産運用です。例えば、先ほどの例で2,700万円を残り30年で貯めることを考えた場合、年利0.1%の定期預金では毎月約73,000円を積み立てる必要がありますが、年利3%で運用ができれば、毎月の積立額は毎月約49,000円で済みます。年利5%なら毎月約33,000円です。

幸いにも今は、NISAやiDeCoなど、大きな税制の優遇が受けられる制度も充実しています。もちろん、資産運用にはリスクもありますが、こうした制度と資産運用を味方につけ、コツコツと長期・積立・分散を実践していけば、リスクを抑えながら効率よく資産形成ができます。なにより、将来への備えを仕組み化してしまえば、「使うべきか、貯めるべきか」と悩み続ける必要がありません。

お金を使ってもっと人生を楽しもう

旅行へ行く。新しいことを学ぶ。ずっとやってみたかった趣味を始める。大切な人とゆっくり時間を過ごす。ちょっと遠くまでスポーツ観戦に出かける。そうした経験に罪悪感なくお金を使えるようになれば、日々の暮らしはより豊かになり、その経験は思い出として何度も人生を彩ってくれ、お金も人生を豊かにする「道具」としての本来の役割を果たしてくれるはずです。 

『Die with Zero』で著者が伝えているのは、ただ単に「今を楽しもう」ということありません。「今しかできない経験」にもっと視点を向け、実践することで、結果的に将来の選択肢が広がり、人生全体を楽しめるようになる、ということです。

人生は誰にとっても一度きりです。体力や健康の問題でできなくなってから、あるいは人生の最期で「あれをやっておけばよかった」と後悔することは、お金が減ること以上に大きなリスクかもしれません。『Die with Zero』が教えてくれるのは、お金を使うことではなく、お金を経験へと変えないまま人生を終えてしまうことこそ、本当の意味での損失になり得るということです。

将来への備えと、今しかできない経験。そのどちらも大切にしながら、お金という「道具」を上手に使って、一度きりの人生をもっと豊かに楽しんでいきたいものです。

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コラム著者

大竹のりこ氏
株式会社エフピーウーマン代表取締役/ファイナンシャルプランナー(CFP®認定者)